【感想】SF小説 その⑤

 

他ジャンルにかまけているので結局ペースあがらず。

 

世界の涯ての夏(つかいまこと)

世界の涯ての夏 (ハヤカワ文庫 JA ツ 4-1)

前々から気になっていたし、夏が舞台の作品が読みたいと思ったので購入。”涯て”と呼ばれる異時空間が出現し、ゆっくりと世界が浸食されていくという話。ボリュームを抑えて必要な箇所だけコンパクトに描いているという印象です。クセがなく読みやすい文体ですが、内容は思ったよりもハードでした。終末ものというよりファーストコンタクトものといった方が正しいですね。人類は”ヒト”としての生を捨て、時間や自意識に束縛されない存在となります。

 

ソラリススタニスワフ・レム

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)

タルコフスキーの映画は見たことあったんですが、原作は長らく積んでおりました。ソラリスという未知の惑星を調査する話で、調査ステーションに滞在する研究者たちが、理解不能な現象に苦悩する様子が描かれています。物語の流れ、基礎的なギミックは分かりやすく、表面的には宇宙的恐怖を取り入れたラブ・ロマンスという感じ。しかし、”対称体”・”非対称体”の説明やソラリス学の歴史など、病的なほど緻密な設定描写を挟むことで、SFとして異様な深みが出ています。解説に書かれている通り、この特徴は多様な”読み”を可能にするものですが、割と唐突にハードモードに突入するので、フラットな物語を軸に読んでいる人は置いてけぼりにされてしまうのではと思いました。

 

アルクトゥールスへの旅(デイヴィッド・リンゼイ

アルクトゥールスへの旅

キラキラの装丁に惹かれて買った本。少々高めの値段ですが、相応に濃い内容となっています。アルクトゥルスの架空の惑星トーマンスを旅する話で、地球から宇宙船で飛び立ち、異星人との交流を通して”マスペルの光”へ至るまでが描かれています。全体を通して観念的な内容であり、主目的さえ掴むのが困難でした。トーマンスの世界観も独特で、没入できれば強烈な読後感が得られそうですが、僕は全然ついていけず.....。あとがきによると、このトーマンスの圧倒的な描写により、フィクション=”虚”であるにも関わらず、読者に”実”体験にも似た感覚を植え付けるのと同時に、物語の中でトーマンスは作られた”虚”の世界であり、マスペルが”実”世界であると言及することで”虚”と”実”のあわいを重層的に描き出す構造になっているらしいです。しかし、それだけでなく、細部には善悪や感情などに関する記述も見られ、人間の道徳観や倫理観が通用しないトーマンスの秩序と対比させることで、そうした普遍的なテーマについて論じていく包括的な思弁小説だと言えます。

旅に出る時ほほえみを(ナターリヤ・ソコローワ)

旅に出る時ほほえみを (白水Uブックス)

おとぎ話調のSF。”怪獣”という人語を解する掘削機を発明した研究者が、専制へ傾倒する国への反感と安泰を喪失する不安との間で揺れ動く様が描かれています。基本的に登場人物には固有名詞がなく、《人間》《見習い工》《総裁》といった一般名詞で表現されているのが特徴です(しかし、ヒロインだけは『ルサールカ』という名前がついている)。ロシア文学特有の湿り気のある鬱々とした雰囲気は好みなんですが、政治的アレゴリーが強くて正直そこまで入り込めませんでした。ただ、”忘却の刑”に処されてしまいたいなぁ......とは思いました。

 

ウィトゲンシュタインの愛人(デイヴィッド・マークソン)

ウィトゲンシュタインの愛人

世界でたった一人になった女性の独白を綴った物語。世界が終末を迎えた過程については記述がなく、彼女の行動(道端の車を勝手に乗り回したり、美術館の絵を燃やしたり、世界中を探索したり...etc.)によって、彼女の他には誰もいないことが示唆されています。カバーソデに内容紹介がありますが、それを予め読んでおかないと何の本なのかさっぱり分からないでしょう。というのも、主に書かれているのは美術・ギリシア神話・言語・歴史上の人物などに関する雑多な知識の断片であり、まとまりのない連想でしかないからです。文章も不自然であり、もはや彼女は狂っていて正常な思考ができないことが分かります。しかし、正常でなくとも彼女が”考える”ということ、その思考によって回転する知識の数々は紛れもない”事実”ではないでしょうか。世界の終末という非現実的な状況の中で、そうした確固たる”事実”に縋りつくことで必死に正気を保とうとする、そんな空虚な試みが描かれた作品だと思いました。

 

 

しばらく歴史の本を読もうと思っています。

数ヶ月後に、また......。